世界でたった10台の Rolls-Royce “ファントム・シンティラ”

ふたりの女性がデザインした、アートと表現してもよい「ロールス・ロイス」

オート
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「ロールス・ロイス(Rolls-Royce)」のフラッグシップサルーン“ファントム(Phantom)”と聞けば、巨大かつ重厚なイメージがつきまとうのは仕方のないところ。ところが、先ごろプライベートコレクションとして発表された“ファントム・シンティラ”は、なんとも軽やかで、可憐とでも表現したくなる表情をたたえている。

ちなみに、プライベートコレクションとは、顧客のオーダーとあらばどんなことでも引き受けてくれる(に違いない)「ロールス・ロイス」のビスポークプログラムとは趣が異なり、「ロールス・ロイス」のデザイナーがあるテーマに沿って内外装のカラーやデザインを決め、それをごく少量生産して顧客に販売するもの。“ファントム・シンティラ”の場合、世界中でたった10台が販売される。

そんなプライベートコレクションの成り立ちゆえ、これまでは個性的というか、強烈な存在感を放つデザインの作品が少なくなかったけれども、ワールドプレミアに先立ってグッドウッド本社で行なわれたプレビューで目の当たりにした“ファントム・シンティラ”は、なんとも繊細で優しげな雰囲気に包まれていたのである。その理由のひとつは、“ファントム・シンティラ”をデザインしたのがセリーナ・メッタングとカトリン・レーマンという、ふたりのうら若き女性だったことと関係があるかもしれない。

しかも、彼女たちがデザインのモチーフとして選んだのは、「ロールス・ロイス」の巨大なフロントグリルの上に燦然と輝く“スピリット・オブ・エクスタシー”だったのである。

スピリット・オブ・エクスタシーが完成したのは1911年のこと。以来、100年以上にわたって同社のシンボルであり続けた女神像だが、調べてみると、思いも掛けないエピソードがいくつも登場してきてなかなか興味深い。たとえば、スピリット・オブ・エクスタシーをデザインしたのはイギリス人彫刻家のチャールズ・サイクスで、これを依頼したのは当時「ロールス・ロイス」の社長を務めていたクロード・ジョンソンだった。それまで黒猫や悪魔、さらには『楽しそうな警官』など、いまからはまるで想像できないマスコットが「ロールス・ロイス」に飾られていることを常々不満に思っていたジョンソンは、「ルーブル美術館に展示されている大理石像『サモトラケのニケ』のようなデザインこそロールス・ロイスのマスコットに相応しい」とサイクスに説明。これを受けたサイクスはパリまで足を伸ばして実物を目にしたのだが、『勝利の女神』でもあるニケのデザインは好戦的で、「ロールス・ロイス」の優雅なイメージにあわないというのがサイクスの見解だった。

そこで彼は過去にデザインしたザ・ウィスパーという彫像のイメージを掛け合わせてスピリット・オブ・エクスタシーをデザインしたのだが、このニケにインスパイアされた世界的ブランドがもうひとつあることをご存知だろうか? ニケのスペルはNIKE、そう、あの〈Nike(ナイキ)〉も「ロールス・ロイス」と同じ勝利の女神にヒントを得て社名をつけたとされる。なんとも興味深い偶然ではないか。

ちなみに、サイクスが制作したスピリット・オブ・エクスタシーを、創業者のひとりで当時はまだ存命中だったヘンリー・ロイスはあまり好まなかったという(もうひとりの創業者であるチャールズ・ロイスは1910年に逝去)。そのせいか、スピリット・オブ・エクスタシーは1939年までオプション扱いとされ、その装着率は40%程度、生産台数にして2万台ほどとあまり振るわなかったそうだ。

さて、スピリット・オブ・エクスタシーのモチーフとなった『サモトラケのニケ』は、女神がまとった薄手のローブが美しく風にたなびかせている姿が秀逸とされる。“ファントム・シンティラ”が軽やかで優雅なたたずまいとされているのは、これが理由といって間違いない。エクステリアカラーのアンダルシアン・ホワイトとトレイシアン・ブルーは、『サモトラケのニケ』が発見されたサモスラキ島を囲むエーゲ海の色にインスパイアされたという。

インテリアもこれとよく似た淡い色彩でまとめられているが、とりわけ目を惹くのが、ドアトリムやシート地に施された繊細な刺繍。これを作り上げるには実に86万9500針(!)が必要だったという。ちなみに、ここまで複雑な作りのドアトリムは、「ロールス・ロイス」史上、かつてなかったという。

そうしたグラフィック・デザインの美しさは、助手席前に据えられたガラス製ショーケース“ギャラリー”内に飾られた7本のアルミ製リボンからも、星空のごとく天井にまたたく光の粒からも感じ取ることができる。

これまで「ロールス・ロイス」といえば、ビスポーク・プログラムに用いられる職人たちの匠の技が注目されがちだったが、“ファントム・シンティラ”では、彼らの技が冴え渡っているのはもちろんのこと、メッタングとレーマンのふたりが描き出したパターン(模様)の鮮やかさにも心を奪われた。その美しさは、もはや自動車デザインの領域を超え、アートと表現してもいいように思う。

これほど美しい“ファントム”を手に入れることができた10名のオーナーには、きっと勝利の女神ならぬ幸運の女神が微笑んだのだろう。

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テキスト
Writer
Tatsuya Otani
エディター
Noriaki Moriguchi / Hypebeast
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